「もう一部屋あったらいいのに」
そう思う瞬間は、意外と多いですよね。
私は、最近アトリエがほしいな~と思っています。
趣味で絵を描いているのですが、家のなかに自由にできる場所がない!
駐車場でやってみようと思ったのですが、絵の具がアスファルトに流れてしまって大惨事になりました。運が悪いことに赤色。もうサスペンスの世界です。さらには蚊に刺されすぎて、ぜんぜん集中できない。
こういうとき、自由に使える部屋があったらいいのに、と思います。

例えば、在宅で仕事をしているとき。誰にも邪魔されずに考えたいとき。私と同じように趣味に没頭したいのに、リビングではどうしても集中できないとき。
家そのものに不満があるわけじゃない。でも、このままでは少し足りない。
そんな“あと一歩”の違和感を抱えたまま、暮らしている人は少なくないのではないでしょうか。
家を変えるか、そのままでいるか
これまで、その違和感に対する選択肢は大きく二つでした。
ひとつは引っ越し。部屋数の多い家へ、より広い空間へ引っ越すという選択。
もうひとつは増築やリフォーム。今の家に手を加えて、空間を広げる方法です。

どちらも“アリ”ですよね。ただ、どちらもそれなりに大きな決断が必要になります。
引っ越しにはコストも手間もかかるし、生活環境そのものが変わる。お子さんがいる場合は、転園転校も考えなくてはいけません。リフォームも、時間や制約の問題がつきまとう。
「そこまでではないんだけど…」という感覚をすくいあげてくれるのが、第三の選択です。
第三の選択という発想

家を変えるのでもなく、我慢するのでもない。外に“もう一部屋”をつくるという発想。
庭や敷地の一角に、小さな空間を置く。
住むための家ではなく、使うための部屋。
それは、いわゆるタイニーハウスのように生活機能をすべて詰め込んだ「小さな家」ではなく、あくまで暮らしの外側にある“拡張された一室”。
だからこそ、軽やかに取り入れられるのが魅力といえそうです。
コダマベースというかたち

“外に置く部屋”という考え方の中で、ひとつのカタチとして作られたのがコダマベースです。
水回りが整っているわけでもなければ、そこで生活が完結するわけでもない。けれど、その分だけ軽やかで、取り入れやすい。
庭先や別荘地の一角に置くことで、暮らしの中にもうひとつのリズムが生まれる。家の延長でありながら、少しだけ切り離された場所。近いのに、ちゃんと距離をとることもできる。
その距離感が、思考や時間の質を変えてくれるような気がします。
「住む」じゃなくて「使う」

家の中にすべてを収めようとすると、どうしても役割がぶつかりますよね。仕事と休息、集中とリラックス…。
その相反するものの一部を外に出してみると、暮らしの質はかなり変わるような気がします。
例えば、
- 仕事に集中するためのワークスペース
- 本を読むための静かな部屋
- 音楽や制作に没頭する場所
- 誰にも邪魔されない“こもり部屋”
用途を限定しないからこそ、使い方は人それぞれに広がっていきます。
新しくつくらなくてもいい
こうした第三の選択肢がいいな、と思う理由はもうひとつあります。それは、「中古」という選択が可能なこと。
多くの場合、タイニーハウス、トレーラーハウスは必要がなくなれば中古として手放すことができます。「コダマベース」も、もちろんそう。
それってかなり心強い感じがしませんか。小屋といっても、駐車場1台分のスペースは必要となるのだから、不要になったときのことを考えると、最初の1歩を踏み出す勇気が出ない~という人も多いと思います。でも、不要になったら中古で買い取ってもらえると思えば、試してみようかなと思えるのではないでしょうか。

中古で売ることができるということは、中古も販売されているということ。最初の一歩を例えば、中古で購入するという手もありかもしれませんね。
小さな空間は、必ずしも新しくつくる必要はありません。中古に少し手を加えながら自分の場所にしていくというのも、面白味のある方法と捉えることもできそうです。
私のように“お古”が好き、とか使い込まれている感じが好きという人には、中古のほうが向いているかもしれません。
「余白」をつくるということ

今の時代、家はどんどん多機能になっています。
働く場所であり、休む場所であり、楽しむ場所…。ひとつの空間に求められる役割が増えている一方で、面積は簡単には増えない。
だからこそ必要なのは、「広さ」ではなく「余白」なのかもしれません。
余白とは、何かのために用意された場所ではなく、そのときどきで意味が変わる場所。
予定を詰め込むのではなく、少しだけ余らせておく感覚。外に一部屋を持つという選択は、その余白をつくる行為に近いのかもしれません。

暮らしを変えすぎないという選択
引っ越すほどではない。でも、このままでも少し足りない。そんなとき、無理に大きな変化を選ばなくてもいい。
暮らしを壊して作り直すのではなく、少しだけ広げる。
増築でも引っ越しでもない第三の選択は、そのための現実的な方法のひとつといえます。

小さな建築は、暮らしそのものではなく、暮らしを支える“余白”として存在する。
それは決して派手ではないけれど、日々の感覚をじんわりと変えていく。
もしかしたら今の時代に求められているのは、ほんの少しの余白なのかもしれないな~。暮らしも時間の使い方とか…。タイパ重視になりすぎて、いろいろ詰め込まれているのは、家も同じなのかも。機能を詰め込みすぎて飽和してる、そんな状態だと、家もかわいそうな気がしてきました。

余白って、大切。
心にも余白。暮らしにもほんの少しの余白がほしい。赤とピンクの絵の具で塗りつぶした余白のないキャンバスを見ながら、そんなことを考えたのでした。

■コダマベース納品事例
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