木曽五木(きそごぼく)という言葉、キトヒトの記事を読んでくださっている方なら一度は目にしたことがあるかもしれません。今回は、これまで一本ずつ紹介してきた5樹種を、まとめてご案内します。それぞれの記事へのリンクも添えているので、気になる木があればぜひ詳しい記事にも進んでみてください。
木曽五木とは
木曽五木とは、江戸時代に尾張藩が伐採を厳しく禁じた5つの樹種、ヒノキ・サワラ・アスナロ・ネズコ・コウヤマキのことです。
木曽谷(現在の長野県木曽地方)は古くから良質な木材の産地として知られ、江戸城の築城や造船などに大量に利用された結果、およそ100年で山林の資源が枯渇してしまいました。これを受けて尾張藩は「停止木(ちょうじぼく)制度」という森林保護政策を設け、対象樹種の伐採を禁止。違反者への罰は「木一本、首一つ」と言われるほど厳しいものだったそうです。

もともとはヒノキを守ることが目的でしたが、ヒノキに外見が似ていて利用価値の高い樹種もあわせて禁止木に指定されたことから、最終的に5つの樹種が「木曽五木」として定着しました。この政策のおかげで、木曽の山々は今も豊かな森を保ち、木曽五木は地域を代表するブランドとなっています。
覚え方は「あさひねこ」
5つの名前を一気に覚えるのはなかなか大変ですよね。実は、頭文字を並べた「あさひねこ」という覚え方があります。
あ=アスナロ
さ=サワラ
ひ=ヒノキ
ね=ネズコ
こ=コウヤマキ
語呂がよく覚えやすいことから、地域のガイドや解説記事などでもしばしば紹介されている覚え方です。「朝日」と「猫」、なんだか可愛らしい響きですね。江戸時代から続く森林保護の歴史をもつ木々。ここからは、過去の記事も振り返りつつ、5つの木それぞれの個性を紹介してみようと思います。
アスナロ

「明日はヒノキになろう」という語呂合わせのような名前の由来を持つ、木曽五木。ヒノキに似ているけれど別の魅力を持つ木です。ちなみに、むか~し昔、「あすなろ白書」というドラマがありましたよね。柴門ふみさんのコミックが原作だった気がしますが。あのドラマも、若者が何者かになろうと成長する青春物語だったように記憶しています。悩みながらも前向きに進もうとする姿は、アスナロの名前の由来と重なります。
詳しくはコチラ ↓
サワラ

名前の由来は「さっぱり」という言葉に関係があるという説も。ヒノキに似ているけれど、より軽やかな質感を持つ木です。
木材としては、国内材のなかでも軽量な部類に入り、湿気に強く殺菌作用もあることから、桶や樽、家具、建具類などに幅広く使われてきました。木材を薄く割いた「こけら葺き」の屋根材としても使われるなど、生活のさまざまな場面に溶け込んできた木です。ヒノキのような主張の強さはないぶん、扱いやすく暮らしになじむ、そんな一面を持つ樹種といえそうです。
詳しくはコチラ ↓
ヒノキ

ヒノキのパワーはみなさんもご存知の通り。木曽五木の中でも特に重要視されてきた、まさに主役級の樹種。伐採後も200年以上にわたって強度が上がり続けるという驚くべき性質を持ち、神社仏閣にも古くから使われてきました。
その名前の由来には、諸説あります。ひとつは、太古の昔、この木をこすり合わせて火をおこしたことから「火の木」と呼ばれるようになったという説。もうひとつは、天照大御神——日本神話における太陽、すなわち日の神様——の木であることから「日の木」に由来するという説です。
火は人間の暮らしを豊かにし、天照大御神もまた世界をあまねく照らす恵みの神様。どちらの由来も、人々の暮らしを照らし、豊かにしてきたという点で共通しているのです。
詳しくはコチラ ↓
ネズコ

木曽五木の中では知名度が低いかもしれませんが、軽くて狂いが少なく、天井板や建具材、和机、下駄などに使われてきた実用性の高い木。名前は材の色が鼠色をしていることに由来する当て字だといわれています。標準和名は「クロベ」といい、ヒノキ科の常緑針葉樹です。
ヒノキが「主役級」なら、ネズコは木曽の暮らしに寄り添う「縁の下の力持ち」的な存在といえそうです。
詳しくはコチラ ↓
コウヤマキ

東京スカイツリーのモデルになったともいわれる木。水に強く腐りにくい性質を持ち、古くから神聖な場面でも使われてきました。高野山に多く見られることからその名がついたといわれるコウヤマキ。1科1属1種という、植物学上でも珍しい日本固有種です。成長がとても遅く、植林には不向きとされる一方、その分ずっと樹高が安定するため、高野山では防火樹として僧坊の間に植えられてきました。「世界三大公園木」のひとつに数えられるほど、観賞用としても評価が高い木です。
詳しくはコチラ ↓
実は「日本遺産」の主役でもある木曽五木

木曽谷を通る旧中山道の一帯は、文化庁が認定する日本遺産「木曽路はすべて山の中」の構成文化財となっています。城郭建築ブームによる乱伐から木曽谷を守った尾張藩の森林保護政策と、そこから生まれた木曽五木や木曽漆器などの地場産業の歴史が、日本遺産のストーリーそのものとして評価されているのです。
単なる樹木の知識としてだけでなく、「地域の歴史や文化を今に伝える存在」として木曽五木を見てみると、また違った奥行きが感じられます。
あらためて注目される国産材
少し話が広がりますが、2025年に開催された大阪・関西万博では、シンボルである木造建築「大屋根リング」が2026年3月、世界最大の木造建築物としてギネス世界記録に認定されました。
使用された木材の産地をめぐっては国産材・外国産材の比率が話題になりましたね。
リングの木材は解体後、能登半島地震の復興住宅や各地のイベント会場などへの再利用も進められているというニュースはみなさんもご存知の通りかと思います。

こうした動きの背景には、国産材・地域材をもっと活かしていこうという社会的な機運があります。
江戸時代から300年以上にわたり守られてきた木曽五木も、まさにこの「地域の木を大切に使う」という文脈の先輩のような存在。改めて木曽五木に触れることは、今の国産材への関心の高まりとも地続きのテーマだといえそうです。
オススメ記事はこちら ↓
まとめ
木曽五木は、それぞれ異なる個性を持ちながらも、尾張藩による約300年前の森林保護政策によって今日まで守られてきたという共通のルーツを持っています。
それぞれの項目に挙げた一本ずつの記事を読んでいただくと、森と暮らしの結びつきがより深く感じてもらえるかもしれません。気になる記事があったら、ぜひ読んでみてくださいね。
参考


