キトキトの魚が食べたい!

キトキトの魚、ってどういう意味かご存知ですか?キトキトというのは富山の方言。「新鮮な」とか「生きの良い」「ピチピチした」というような意味なんです。
キトキトって響きがなんだかかわいいですよね。「木と木と」と無理やり置き換えて、このブログで何か書いてみようと思って、書き出した今です。(笑)
富山県は魚が美味しいまちとして有名。私も何度かお寿司を食べに行ったことがあります。どうして富山のお寿司はおいしいのか、ちょっと調べてみました。
■おいしい理由1:急峻な富山湾

最大の特徴は“天然のいけす”。
富山湾は世界的にも珍しい、急に深くなる地形を持っています。
これが何を生み出すかというと・・・、浅瀬の魚と深海の魚が同じ海域に共存しているということ。つまり、深海の魚も沿岸近くで採れるため、移動距離が少なく鮮度をより高い状態で保つことができるのです。急峻な地形ゆえの恵みです。
■おいしい理由2: 3種の水のレイヤー

富山湾の表層には塩分濃度の低い「沿岸上層水」、その下層には「対馬暖流系水」が流れています。さらに推進300メートルを超えると低温の「海洋深層水」が流れています。暖流系や冷水系、深海系などの様々な魚種を集める海水の3層構造3つのレイヤーがあるから、多種多様な生態系が生まれているのですね。
■おいしい理由3:山が近い

標高3000メートル級の立山連峰に囲まれている富山湾。山からの「雪解け水は川を伝って一気に流れ込みます。水深約1000メートルの富山湾までの高低差は、4000メートル。ミネラル(鉄・窒素・リン)を含む栄養素が、ダイレクトに海に届くため、魚の餌となるプランクトンが多いのです。豊かな環境で育った魚は、脂がのって旨味が強いというのは、こういった原理からなのでしょう。
山から川へ、川から海へという見事なコンボが、キトキトの魚を育てているわけです。
「森は海の恋人」。魚つき保安林
そろそろ「キトキト」から、「キトヒト」的な話に移りたいと思います。
森林と海は密接につながっているのは、周知の事実。森林は川を通じて海につながっています。山からの流れによって栄養分や有機物が生みへと供給され、こうした成分が魚たちの栄養となり、豊かな海洋資源の形成に役立っているのです。

「森は海の恋人」というキャッチフレーズもよく知られていると思いますが、豊かな森林が豊な海を育む、ということを表しています。昔から、漁師さんたちはこのことをよくわかっていて、海の近くにある森を整備したり、神社を建てたりして、大切に守ってきました。
現在でも全国で約5.8万ヘクタールの森林が保安林として指定され、伐採の制限などの保護がされています。このような森林のことを「魚つき保安林(うおつきほあんりん)」といいます。

実はこの「魚つき保安林」は、奈良時代や平安時代からあったそうなんです。昔の文献では「魚付林」「網代山」などと呼ばれていたそうで、漁師たちによって伐採が禁じられ、保護されていたそうです。
昔の人は経験として「森がないと魚が減る」と知っていた。だから守る。とてもシンプルで、でもとても本質的だなと感じました。
森を守ることは、海を守ること。それは、結果的に自分たちの暮らしを守るということでもあったわけです。

キトヒト的に暮らす、ということ
自然から離れて暮らしていると、森と海の関係は、どこか遠い自然の話のように感じるかもしれません。でも本当は、もっと身近な話でもあります。
例えば、木の家に住むこと。例えば、木の家具を選ぶこと。例えば、森に足を運ぶこと。
そういう小さな選択の積み重ねが、森を使い、森を手入れし、結果的に森を健やかに保つことにつながっていきます。
手入れされた森は、水を蓄え、ゆっくりと川となり、やがて海へとつながる。その循環のどこかに、自分の暮らしが関わっているとしたら、ちょっと見え方が変わってきませんか。

「自然を守る」というと少し大きすぎるけれど、
「自然と一緒に暮らす」と考えると、ぐっと現実的になる気がします。
キトヒト、つまり“木とともにある人”。そんな在り方は、特別なことではなくて、実は昔の人たちがずっとやってきたことの延長線上にあるのかもしれません。
キトキトの魚と、キトヒトの暮らし
―キトキトの魚は、海だけでできているわけではない。その背景には、山があって、森があって、川があって、そして人の営みがある。
そしてその人の営みの中に、私たちの暮らしもきっと含まれている―
そんなことを考えた週末でした。

「おいしいね」で終わらせるのもいいけれど、その一口の向こう側にある景色を、ほんの少し想像してみる。もしかしたらそれが、キトヒト的な第一歩なのかもしれません。
キトキトのお魚を食べながら、キトヒト的な思考をする。なんだか、ちょっといい循環な気がしています。

<参考>


